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大阪高等裁判所 昭和31年(く)42号 決定

主文

原決定中本件正式裁判の申立を棄却した部分を取り消し、その余の即時抗告の申立はこれを棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は、申立人は業務上過失傷害被告事件について昭和三十一年二月二十三日大阪簡易裁判所のした略式命令に対し正式裁判請求権回復及び正式裁判請求の各申立をしたところ、原審は右各申立を棄却した。原決定によると申立人に対する略式命令の謄本は昭和三十一年四月十九日当時の申立人の住所に郵便で配達され、当時店先を借り受け看板業に従事していた荒木照夫によつて受領せられたものであつて、右荒木は申立人と同居の関係がないから右送達は一応無効であるが、申立人は同年五月十三日右謄本を受領しているのであるから、右送達は右四月十九日に合法に送達を受けたことになる。従つて五月二十四日にした申立人の本件正式裁判請求の申立は右申立期間経過後のことであるし、正式裁判請求権回復の申立も理由がないと説示している。しかしながら、本来無効の送達が遡つて有効となるものとは到底考えられないから原決定は取り消さるべきものであると主張する。

そこで記録に基いで調査してみると、申立人に対する業務上過失傷害被告事件の本件略式命令は昭和三十一年二月二十三日に発せられ、右謄本は郵便に依る送達によつて、当時の申立人の住所(大阪市東成区西今里町四丁目五番地)にあて、郵送の措置がとられた。右住所は当時の申立人の下宿先であつて、そこに同居していた者は前中里子とその子正彦であつた。ところが右送達のあつた昭和三十一年四月十九日には申立人はもちろん同居人の前中里子もその子正彦も不在であつて、右前中の長男石川嘉彦の妻がたまたま留守番にきており、これを受領したけれども印章がなかつたので、その場に居合せた荒木照夫に依頼して右送達報告書の受領者欄に荒木の印章を押捺してもらつた。しかし右荒木は当時前中方の店先を借り受けて毎日午前九時頃から午後六時頃まで通いで看板業に従事していたものである。従つて原決定も判示しているように右送達は申立人の同居者と認めることができない者になされたものであるから、刑事訴訟法に準用せられる民事訴訟法第一七一条第一項の規定による補充送達としては違法であるといわなければならない。よつて更にその後の経過を調査してみると同年四月十九日石川嘉彦(当時は同居人でなかつた)は工場からの帰途前中方に立寄つたところ、前記のようにたまたま留守番にきていた妻から右略式命令の謄本を手交されたので、これを同家の箪笥の抽斗の中に納めて後日申立人に手渡すつもりでいるうち同年五月一日から石川夫妻は前中方に同居することになつたが、申立人は同月五日頃他に転居しその機会を得ないまま日を重ね、たまたま同月十三日申立人が同家に立寄つた際に石川嘉彦が右謄本を申立人に交付した事実が認められる。思うに、刑事訴訟法が公示送達の方法を認めず、また刑事訴訟規則が起訴状と略式命令の謄本の送達については、郵便に付する送達を認めないことにしているのは、これらの書類が確実に被告人に交付せられることを期待するためである。従つて、前記認定のような経過の下においては五月十二日までは適法な送達の効力はなく、翌十三日に申立人が現実に本件略式命令の謄本を受領したときに始めて送達の効力が発生したものと解するのが相当である。原決定も正に同様の見解を説示している。ただ、原決定が「申立人において本件略式命令謄本を受領している以上、結局同謄本は当初認定の通り荒木照夫を受領者として申立人に対し昭和三十一年四月十九日合法に送達されたものと謂わなければならない」として、正式裁判申立の期間は右四月十九日の翌日から起算すべきものとしている点は、当裁判所の賛同しがたいところである。瑕疵のある訴訟行為について補正的追完の効力を認める場合においても、追完の効力の遡及効を認めることは訴訟当事者の権利の保護を沒却することになる。すなわち、正式裁判申立の期間は、略式命令の告知が適法に効力を発生したときを標準として、これを起算すべきものであるから、申立人が同年五月十三日現実に石川嘉彦から右略式命令の謄本を受領して始めて本件送達が適法になされたものと解する以上は、同月二十四日にした申立人の正式裁判の請求はその法定期間内になされたもので適法な申立であるといわなければならない。本件正式裁判の請求を不適法として棄却した原決定は破棄を免れない。しかして右正式裁判の請求が適法である以上正式裁判請求権の回復請求の申立はその必要がないのでこれを棄却した原決定は結局において正当であるからこの点に関する即時抗告の申立は理由がない。

よつて刑事訴訟法第四百二十六条の規定に従い主文の通り決定する。

(裁判長判事 斎藤朔郎 判事 網田覚一 小泉敏次)

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